リングギア世界トップシェア ベンダ工業

リングギア製造世界トップシェア ベンダ工業

品質は命なり       ベンダ工業代表取締役会長 八代恭宏

ベンダ工業会長 八代 恭宏

 2008年現在、我がベンダグループは、日本のほかに、韓国、中国、タイ、インドと四ヶ国に生産拠点を構え、2007年のリングギア生産実績は1200万台、世界2位のシェア(自社推計)まで辿り着くことが出来ました。
 ただここに甘んじることなく、2010年には年産1500万台に到達しシェア1位、世界の頂点を必ずや達成すべく邁進しています。
 川尻小仁方の中小企業、「財閥企業」ならぬ、言うならば「人・物・金」の『無い閥企業』だった我が社。躍進できたのは一にも二にも「海外展開をやったおかげ」と断言いたします。
 現在進出している四ヶ国。私の思いとしては最も苦労したのが「韓国」です。今回は韓国進出における「苦労話」をさせて頂こうと思います。
 進出当初の1980年代は韓国に進出した企業の10社中9社が失敗していた時代でした。(某大手自動車メーカーですら!)
 韓国進出の数年前からベンダは韓国へのリングギア素材の輸出を行っていました。そこへ現地企業から「技術提携」の話が舞い込んできました。我が社は条件として固有技術の使用料としてロイヤリティ契約を締結していましたが、約一年後、突然、信頼していた提携先に契約の解消を届出されてしまいました。
 私の父で先代会長・八代一芳は激怒し、提携関係解消に踏み切りました。その時、提携先の紹介者であった韓国大手企業の幹部の方が心を痛め、新たなパートナーを探して下さり、韓国仁川市の有力企業であった、そのパートナー企業主体の合弁会社「ベンダ鮮光工業」設立に至ったのが1986年のことでした。
 その後、実際に生産が開始されしばらくしてパートナー企業が採算性を理由に経営主体をベンダに押し付けてきました。毎月毎月赤字経営が続き、私をはじめ弟の専務、常務(当時)は、先代会長に「損失の少ないうちに引き上げましょう」と進言しました。
 先代会長の答えは「帰りたければ帰れ、わしはひとりでも残る」でした。先の見えない中でしたが、先代会長の「不撓不屈」の精神のおかげで我々、団子三兄弟も腹を括れた気がします。
 やはり「捨てる神あれば拾う神あり」とはよく言ったもので、空前の「円高」となりました。その勢いに乗り、その後「労働争議」などの大きな問題も発生しましたが、円高による「海外調達」の追い風も強く、韓国事業は軌道に乗っていきました。
 紆余曲折はありましたが、韓国進出成功の根底にあったものは「品質」と「人の縁」であった気がします。我々製造に携わるものが最も魂を込めなくてはならないもの、それが「品質」です。
 その後のタイ、中国、インドへの進出の際も結局「決め手」となったのは「品質」でした。他社に絶対に負けないと自信の持てる商品、打ちのめされても貫き通せることのできる「信念」と「情熱」
 ここに妥協がなかった事で「良い縁」「良い運」を引き寄せることが出来たと確信しております。
 

2008年3月 

座右の銘